第三の課題。


先日、西久保さんが講師をしている明治大学3年生の
第二課題・講評会に参加させて頂きました。

おなじみ、構造設計なわけんジムの名和さんもゲストとして来てくださり
ニコからは菊地さんと私がガヤ隊として参加。

気分はひな壇芸人。


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第二課題は、
昔、闇市として栄えていた荻窪の商店街の一角を対称敷地とし
現在は昼でも薄暗く怪しげな飲み屋街となったその場所の
未来を想像・計画するというもの。

なにを作ってもよし、壊してもよし、残してもよし。
なんでもありなこの自由度が、実は難しく恐ろしい課題なのです。。

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学生たちは、敷地調査、研究を経て
自分の想像する、新しい商店街のあり方を提案。

いや〜、面白かった。。



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誰ひとり、「それなりに」考えて作った子なんていなくて
それぞれ、一生懸命悩みに悩んで、葛藤して、諦めず、
なんとか答えを導き出そうとした様子が

プレゼンや模型からひしひしと感じられました。



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で、、、、、、
私がこの日一番印象的だったのは
プレゼン後の打ち上げのとき

「みんなのプレゼンを他の班の人たちや先生に見てもらいたい」と
西久保さんが言ったのに対し




ある学生が言った
「イヤ、でも他の班の人たちには、
西久保班のプレゼンって絶対受け入れられないと思いますよ。。。」
という言葉。



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いいじゃないかそれで!
それが、いいんじゃないか。。


と、なんだかすごく嬉しくなりました。



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自分も学生の頃から感じていた
建築の「王道」と、その道から自分がズレているという違和感や恐怖。

そもそも建築に「王道」があるのかないのか
それがなんなのかも、わかりませんし
「王道」という言葉では、語弊があるかもしれません。

でも少なくとも、建築は「評価」や「優劣」が
当たり前のようにつけられる世界ではあります。

学校では、賞や成績によって評価を受けるし
社会にでてからも、コンペやプレゼンで、優劣をハッキリつけられる。



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その、建築の「王道」なるものは

多分、時代とともに変わるものであり
ファッションのように、流行り廃りがあり

ある時代では受け入れられたものが
次の時代では受け入れられなくなり

西では受け入れられるものが
東では受け入れられず

誰かが「王道」を打ち壊すほどの強いものをつくりあげたなら
それがまた新たな「王道」となり


移ろい続ける雲みたいなもの、、、

なのかな?むむ。



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その雲にうまいこと乗っかれば
「良し」とされ
はみでてしまうと
「悪し」とされる。


それは、どの世界にもある、仕方のないこと。

それは、地球上に物体をつくる以上
1つでも、自分以外の誰かや何かを巻き込む以上
切っては切れないもの。



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じゃあ、そこからズレた思考の持ち主たちは
建築に向いていないのか?







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「私、建築向いてないから、、」と
よく学生から聞きます。
(実際、この時の打ち上げでも、学生みんな口をそろえて言っていました。)


学生時代、一緒に建築を学んで、
卒業後、建築以外の道に進んだ同期からも
「自分は建築に向いていないことがわかった」と
たびたび聞きます。




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建築のケの字も知らなかった学生の頃でも
建築のンぐらいは知ったかな?と思う今でも

漠然と、自分の思考は「王道」からはみでてしまっている
=建築に向いてない、と感じる人は多いのだろうと思います。




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かくいう私も
大学生活はただただ、
「ああ、自分は向いていないんだな、、、」と
悶々とする日々でした。

課題も、卒業制作も、
「これだ」と思うものを提出しては
ズッタズタのボッコボコのギッタギタの
こてんぱんにされ(それはそれは酷評で、、。)

、、、卒業したら、建築やめよう。
と思っていたクチです。






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幸運にも、
「僕は、これ、良いと思う」と言ってくれた先生が
私には1人だけいて

その後、王道から大きくはみ出つつも
突進し続けるニコ(笑)に流れつき

ニコを通して出会う人たちに背中を叩かれながら

「ああ、私も建築つづけていいんだ」と
ようやく、ちょっとだけ、思えるようになりました。




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今では、かつてこてんぱんに酷評をくださった先生にも
感謝の言葉、、、、とともに、
「どうだこのヤロウ」と言ってやりたくて、たまらない毎日。

向いていなくたって、生きていける道を見つけたぞ。と。




他の班の人たちや先生には、
確かに受け入れてもらえないかもしれない。

自分と向き合って向き合って出した答えであればあるほど
酷評はきつい。自分自身をも否定された気持ちになる。

「向いてるか、向いてないか?」
多分、向いてない。

そもそも、西久保班を選択した時点で
たぶん、ズレてる。笑



だからこそ、
王道や酷評を「そんなもの!」と、はねのけられる強さを
持たずしては、きっと進めない。

それには、たった1人だけでも
後押ししてくれる誰かが必要。

そして、出力方法は建築に限らない。
カメラマンでもパティシエでも、いいじゃないか!

向いてなくても、たぶん、だいじょうぶ。
ズレてても、たぶん、だいじょうぶ。

根拠はない。
でも、たぶん、だいじょうぶ!

たぶんね!




、、、、、と

たった数時間、彼らと一緒にいただけなのに
底知れぬパワーと葛藤を見て、なんだか熱くなってしまいました。



ああ、急に恥ずかしくなってしまった。。
何言ってんだよ。。。何様だよ。。。
ええ、ええ、こーんな偉そうなこと言って、
私は確認申請も1人じゃ出来ないペーペーだったの、忘れてた。




おわり。